After a long time.

日記
03 /18 2017

Hello everyone! How you doing?

Hay fever was severe yesterday too, so I was a hard day.

But the sunshine on the way back from school was warm and made me feel spring, somewhat warmed, I wanted to drink beer. Somehow.

I stopped drinking liquor on August 15 of the last year. Then another seven months have passed.

Though it was waste to buy beer, I bought Premium Malts after a long absence in a supermarket.

I tried to drink a sip. Then the sweet immaturity of the hop spread in my mouth, and a mellow bubble passed throat.

Wowwww delicious!
It was super delicious!

I wondered that it sometimes may be okay to forgive myself.

But for the time being I will not drink.



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空き家問題どうする

Newsレビュー
12 /25 2016
 少子高齢化が進行し、それに伴った多くの問題が表面化してきており、その一つとして「空き家」の問題がある。
「家」というものは人が生を受け、活動する為の拠点となり、また雨風をしのぎ外敵から身を守り集団を成すために不可欠なものだ。そして人の生活や人生において、さらには国の成立ちにも大きな影響を及ぼすものだから、根本的な問題と共にこの問題を考え対処しなければならないと思う。
2014年7月総務省『平成25年住宅・土地統計調査』によれば2013年10月1日現在、日本の空き家数は820万戸、空き家率は13.5%と過去最高を記録したとある。その後、この現状が続けば2033年には総住宅数が7,100万戸になりその30.2%の約2,150万戸が空き家になると野村総合研究所が調査結果を発表した。

空き家

 住む人もなく放置されている空き家は過疎化が進んでいる地方におけるゴーストタウンを想像させるかもしれないが、しかし現実にはそれだけでなく人口が集中している都市部においても空き家の増加は深刻な問題となっているのが現状だ。
割合は都道府県で山梨県、四国4県などが上位にあり大都市圏は低く東京都が低いのは予想通りだとしても、絶対数では都市部が多く1位大阪府(21万戸)、2位東京都(15万戸)となっている。

 総務省は空き家を「売却用住宅」、「賃貸用住宅」、「二次的住宅(別荘等)」、「その他の住宅」の4種類に分類しており、中でも問題なのは空き家になったにもかかわらず貸すわけでもなく売るわけでもなくそのまま放置される「その他の住宅」であり、その数は318万戸に達し全体の空き家に対する割合は2008年の35%から2013年には39%に高まっているとしている。
そして都市部郊外の既成市街地においても複雑な権利関係や相続問題の不調などが原因で放置されるケース等もありより増加しているのだ。
 「売却用住宅」と「賃貸用住宅」は合わせると空き家の59%を占めており都心部においては特に増加を続け大家を悩ませ、さらには所有者の高齢化と住宅の老朽化に伴い募集もあきらめ管理不全に陥り「その他の住宅」になってしまったものや、あるいは将来的にそうなる可能性を潜在的に備えた住宅が増え続けているわけだ。

 空き家が管理不全になった場合、その敷地内での雑草繁茂、樹木の越境、事件発生を懸念する近隣からのクレームが起き、その対処に膨大なエネルギーを費やすことになり、地域活性化への障害そして景観阻害、強風による飛散事故、倒壊事故、不審者の侵入や不審火、不法投棄等、環境が悪化し居住環境が著しく低下し、犯罪の温床となり更には地域全体の資産価値の低下を招くことになる。そして、その対策に住民の血税が投入され、それは自治体の財政をも圧迫しサービスを低下させ対応をより滞らせる負のスパイラル現象を巻き起こさせることになる。

経済波及効果の高い新築住宅建設

 空き家が増えているということは今現在、人口が減少傾向にあり住む人が少なくなっていることだけを意味するわけではない。以前からわかりきっている人口動態を無視し目先の経済浮揚だけにとらわれ無秩序に住宅建設を推し進める、その場凌ぎの先送り政策のなせる業だ。またそれに乗らされ勢いに任せて高額の住宅ローンを組み、ささやかな夢の実現を果たしたつもりになっている世代が残す負の遺産なのだ。
住宅が一つ売れる事は材料、資材、設備から人件費、更に入居後にも伴う耐久消費財の支出と社会全体に金が回り、住宅建設がもたらす経済波及効果は2.11倍あるとされ、要するに一軒、3,000万の投資で6,330万のリターンをもたらす打出の小槌みたいなもんだ。これは輸出の2.22倍に次ぐ波及効果の大きさらしい。
ということで手っ取り早く経済を刺激しようと思えば政策金利の引下げから住宅ローン減税、住宅取得資金贈与の特例、フラット35の100%融資、不動産取得税の特例やら固定資産税の軽減措置など様々な形で住宅購入を促進する対応がとられ、それに乗せられた結果が引き起こしている現象なわけだ。消費税増税前2013年の新築住宅着工戸数は約99万戸、その後反動があったものの昨年は92万1千戸と毎年90万戸以上の新築住宅が供給されていることをどう思うか。

人口減少にあっても少数人数世帯の増加に助けられていた世帯数もいよいよ平成27年からマイナスに転じたぞ。勿論ある程度のストックは必要であり建て替えられる住宅もあるだろう。しかし今後も毎年90万戸前後の住宅が必要だと誰が考えるだろうか。
税務上、住宅の耐用年数は木造22年、鉄筋コンクリート47年となっているが現実には耐用年数経過後も取り壊されずに残っている住宅は当たり前に存在する。RC造のマンションに関していえば解体には多大な費用が掛かるばかりではなく特に分譲の場合、建て替えの協議をまとめるのも困難な為、平成26年4月現在に措いて全国で260棟の建て替えが実現しただけだ。
また分譲用のマンションではないとしてもRC造の建物の一例として、今は原宿、青山の名所“表参道ヒルズ”として生まれ変わっている、かっての“同潤会青山アパート”は大正の後期に建築されたものが解体されるまで77年の時を経ている。大正時代の建物が70年以上もつのなら現在の最先端技術と厳しい基準を満たした建物は何年もつのかある程度想像がつく。
大金をはたいて作ったものをむやみに消失させることをしてしまっては元も子もないが、しかしただ放置しておくわけにも行くまい。じゃあ何故、空き家が放置されてしまうかだ。

放置される空き家

 住宅建設を促進させるための仕組みとして更地に建物を建設した場合、その土地の200㎡迄は課税標準額を登録価値の6分の1とする軽減措置が取られている。従って老朽化したのでと放置していた空き家をもし解体したとしたら、例えば今まで毎年10万円納めていた土地の固定資産税は一気に60万円となりはせんが、小規模住宅用地の軽減の適用は受けられないので3、4倍には膨らむことになる。わざわざ解体費用を掛けて建物を壊してまでして毎年、高い税負担を選択する人が少ないであろうことは容易に想像出来る。
価値総合研究所がスクリーニング調査をおこない、空き家の所有者を抽出しアンケートを取った結果を2015年に発表した。それによれば空き家の内訳は約74%が戸建住宅であり空き家となっている理由の44%が「相続をしてそのまま」、24%は同居、施設への移転等「住替え等をしてそのまま」のケースで、両者が3分の2以上を占めているのだ。
そして管理不全になる理由としては「遠方居住等により管理できない」、「相続人不在」、「経済的理由」、「住替え、子供宅や高齢者施設等への転居」、「適正管理意識や近隣への迷惑意識がない」等ある程度想像の付くものである。まだ何かに使い道があるかもしれないと先送りしてしまうのが人情で積極的になれと言うのにも無理があるだろう。
このように建物はなかなか簡単には壊されない。なのに次から次と新しい建物が造られているのだ。

行政の対応 

都市においては住宅が密集していることもあり管理不全の空き家の存在は治安の悪化や建物倒壊等の危険性を顕在化させやすい。なので多くの自治体が新たに空き家条例を制定して対策に乗り出している。
いよいよ2015年に「空き家対策特別措置法」が施行された。これにより自治体は空き家の持ち主を特定する為の情報開示や空き家への立ち入り調査、究極は持ち主に代わって処分することも出来るようになったわけだ。
いくら言っても聞かない、そしてもうどうしようもないところまでくれば行政が大鉈を振るって解体、排除等をおこない掛かった費用を本来の義務者に請求すると言うことになっている。であるが実際に費用を徴収できることは少ないようで逆に訴訟に持ち込まれ費用が嵩むこともあるようである。
しかし、来るところまで来てしまった状況は各所にあるようで最近、行政代執行のなされた事例が話題になったりしている。一方、自治体によっては解体に助成金を出だすなど施策を凝らしているところも出てきているようだ。とは言ってもこれらはすべて税金で賄われている事を忘れてはならない。であるにも拘わらず助成金が出るのであればと逆のインセンティブが働き、じゃあそれまで放って置くと言う本末転倒な風潮を生み出すなど成果は思わしくないようだ。
ならば空き家にはより多く課税する等の声が上がっているが、線引きする基準が確かでない等まだまだ議論の余地がある。 

結論

 以上のように問題は既に健在化しており明確だ。人口が増えて家が減れば解消する問題でありながら、まるで解決の糸口が見えないかのように状況はより深刻な事態へと進行している。しかも加速度的に・・・。

いろいろ言うことは出来る。「出生率を上げて・・」、「住宅建設を抑制し・・」、「空き家には課税して・・」、「新築住宅購入時の優遇措置をなくし・・」、「中古住宅流通市場を活性化・・」、「解体費用を助成・・」、「建築時に資産除去債務を課せば・・」、「空き家を活用しよう・・」などなど。
今、経済が活性化するなら先のことはしょうがない、先の人が考えてくれればいいと言う人はいないだろう。しかし一部の人が奮闘して解決する問題の様には思えない。
 最後に、全ては自己責任として私たち一人一人が直面することになる問題だろうと思う。自身が住宅を購入するかしれない。あるいは親の家を相続することになるかもしれない。またお隣さんが空き家になるかもしれないのだ。
固定金利だとして30年、毎月十三万円のローンで住宅を購入したとして総額4,680万円払うことになるが、その後に残るものが何なのかをシッカリ見通しておくべきだ。もし賃貸だとしたら相続でもしない限り家は残らないとしてもなにか別なものが残るかもしない。 

様々なシチュエーションがあるだろうがよく考えてほしい。いつでも相談には応じることが出来る。



難しくなったと思うんだよなぁ

英語
11 /17 2016
10月のTOEICの結果が出ました。

新形式になって2回目のチャレンジ。今回もわけがわからない状態で30問以上
残してしまうようなザマだった。

toeic600.png


やっと600点になったので後3年チョットで目標の840点越えもあり得と思っています。

スピードが足りないんだよねぇ。

スピード対策にはこれが効くそうです。勿論やってみてます。
効果をお知らせしなくちゃね。
  ↓↓↓↓↓↓



 カズオ・イシグロ  『日の名残り』    日本人執事・スティーヴンス

book レビュー
11 /04 2016
この作品がブッカ-賞に選ばれたのは1989年、平成元年。自分の非英語的な名前が注意を惹き一役買ったと本人も言っているようだけど、そもそも日本からの移民カズオ・イシグロはこの作品より前に日本を舞台にした作品を二作発表している。
『国境のない世界:カズオ・イシグロ』平井杏子著によれば、あるインタビューで「相変わらず批評家は、私の表現の中に<日本らしさ>を見つけたがるでしょうが・・」と半ばジョーク混じりに述べていたようだ。また別のインタビューでも、設定を完全にイギリスに置いた『日の名残り』について、「何人かの批評家はわたしのスタイルが非常に日本的だと言っています。そしてこういうことを言う批評家は大抵日本文学をほとんど知らない人たちなのです!」と、辛辣なコメントをしたとあった。他にも≪「イシグロは先のふたつの作品が、日本人という固定観念をもってみられたことから、どうしても逃れたかったのだ」と、ルイスが指摘するように、三作目の『日の名残り』では、日本との文学上の臍帯を断ち切ろうとして、舞台を日本からイギリスに移したのだと考える読者も多いことだろう。と言っている。また更にルイスは、キャロライン・パッツィが著者イシグロと『日の名残り』の作中人物スティーヴンスについて、「英国人よりも、ずっとイギリス人らしい、日本人作家」、「どんな英国人執事よりも、ずっとイギリス人的な執事である、イギリス人執事」と遊び心あふれるネーミングをしたことを援用しつつ、「というわけで、イシグロは大変がっかりするだろうが、ステレオタイプ化を避けようとする彼の試みは、そのまま、さっそくステレオタイプ化されたのだ」≫と語ったと紹介している。
そう言われてしまったら敢えてオブセッションだのステレオタイプだの言われるところにフォーカスするのもナンだけど、でもやっぱりスティーヴンスの日本人的職人気質、あるいはスティーヴンス家(父親も含む)にみる忠義、ダーリントン卿への忠誠って、そもそも今は昔だけど、日本人の奥底にあった特有のSpirt、Soulじゃないの。
カズオ・イシグロが5歳でイギリスに渡ったとしても、そんな魂みたいなものを日本人の親から感じ取った、あるいは自分のルーツを探るうちに触れて、馴染んだとも推測できなくもない。
Steven‘s position=Ishiguro’s position ってあり得るでしょう。
日の名残り

 場所はイギリス。田舎の田園風景が目前に広がり、見渡せばその向こうの活きた街並みには大聖堂や教会の尖塔も見え隠れする。しかし一度だってスティーヴンスは神様に祈りを捧げたりしない。胸に十字をきることもなければ悔い改めることもない。傲慢な人物ではないが、そういうものだろうか。見えてくるのは神にではなく主人に対する忠誠と執事としての品格を保つプライドだけであり、日常何処にも宗教色を感じさせない無宗教で職人気質のこてこての日本人。
 スティーヴンスがダーリントン卿の下、勤めてきたダーリントン・ホールがアメリカ人の新しい所有者であるファラディ氏の手に渡る時、求められたにもかかわらず職に留まったのはスティーヴンスと他もう一人だけで、最初のところから義理人情に篤いスティーヴンスが見えてくる。以前は28人でやっていたホールを4人で切り回すことになった時、「従来のやり方を急に変えてしまうことにはためらいをおぼえます。しかし、一部にみられるような、伝統にしがみつくやり方にも反対です。」と曰くが、それはけして革新的な言葉でも前向きな気持ちなどでもなく、ただ盲従してしまう自分を納得させる言い訳のようなセリフに過ぎない。現状や義理人情に囚われて身動きしない日本人によく見られる様式。
そして、如何にホールを上手くやりくりするかを考える中に浮かんだ苦肉の策は、すでに年老いて力なくしぼんだスティーヴンスに、かって共に一体感を持ってダーリントン・ホールを切盛りしたミス・ケントンと会う勇気と口実を与えた逃げ口上。彼女に会いに行く道さながら、過ぎた己の誉れ高い執事人生を回想して、最後には自分が如何に厳しい試練に耐え「地位にふさわしい品格」を保ちつづけたことが虚無であり、また別な人生があったことを知りながら冒険せず流された人生であった事に気づき嗚咽する物語。
 スティーヴンスの父親も執事であり、彼のことをスティーヴンスは敬い「自らの地位にふさわしい品格」を備えていることを自他に認めさせるエピソードをいくつかあげている。その中に息子であるスティーヴンスの兄の戦死が父親にとって大きな打撃であった事、しかもそれが全く人間的にもくだらなく無責任な指揮官による悪名高い作戦での犬死であることが明らかで、そのことに計り知れない怒りを感じていたことが書かれている。そしてある時、スティーヴンス・シニアが執事として仕えるシルバース氏のパーティーに最大級の憎しみを抱いている当の指揮官が招かれ父親が直接給仕することになるという出来事。父親は憎しみの真情を隠し、まるまる4日間、平身、与えられた己の使命に従属し高い評価を得るほどの仕事をし、稀にない高額のチップを払わしめるがそんなものは受け取らない心意気。全額を慈善事業に寄付してもらうよう計う。自らが仕える主人のために、与えられた使命のために私情は一切排除する。忠義、忠誠心。
またスティーヴンス自身も父親の臨終の際、ホールで行われていた会議の重要性から執事としての使命を優先し臨終に立ち会わないことも止む無し、と受け止め任務を遂行したことを辛かったが正しく当たり前のことと回想している。
これは二人の我が子が国のために戦死して、なお自らも尽くした後、亡き主、明治天皇の後を追い殉死をとげた日本人、乃木大将とオーバーラップする。
金子清桂氏は『カズオ・イシグロ『日の名残り』における記憶について』の論文中、渡英後のイシグロが日本映画を見たり、幼い時期に日本を離れていながら心の中に「日本」を思い描き続けてきたということからも、イギリス以外のルーツがイシグロの中に存在していることが想像できるだろう。と述べている。1980年の映画『二百三高地』をイシグロが見て少なからず影響を受けたり自分の奥底にあるものを意識したとも考えられる。
ダーリントン卿が大衆に正しい人として評価され亡くなったのであれば、おそらくスティーヴンスも後を追うだろう。しかし、そうではなく悪評を残すこととなったダーリントン卿を追うことはできなかった。そうは言っても判断のすべてをダーリントン卿に委ねていた執事スティーヴンスは主人の死を境に、生きながらにしてすでに死んだのかも知れない。スティーヴンスはもう自分の感情を押しつぶさなければならない必要はなく、「自らの地位にふさわしい品格」を意識し保つ必要もなくなったのではないか。イギリスにおいて執事という仕事が姿を消しつつあるように、時の流れとともに価値観や人や景色が変貌するなかで。







I did quit drinking this summer.

日記
10 /14 2016
Is it that one week or two weeks around the Bon Festival
generally we say is the summer holiday?

Becoming a college student in this spring I was expecting
this summer vacation to be long and fun for some reason.
However, while I was struggling with term exams, the vacation
came vaguely and naturally regardless of the preparation in
my mind.

So there was nothing special, it was like as usual.

Almost every day I tried the accounting practice
exam from 8:20 through to 11:30 and then studied book
keeping until evening at the library.

I also attended the TOEIC intensive classes
Sept. 1st through Sept. 13th. So the summer days went by.

An event worthy of special mention is that I visited
my parent's home in Hokkaido for the first time in four
years, due to attending my junior high school alumnae and
alumni reunion that took place at a hotel in my home town.

I had the first experience of such a party because I was
struggling to survive in the real world and have been
working year in and year out since graduated from high
school many years ago.

It has been a long-awaited reunion for a long time,
ever since I had heard about the reunion information
early last summer.

78 people attended. Those who I met for the first time
ever graduated from school were over 50. I had to be
reminded many times who is he or she.

Those who could not recall me were few and those
who never meet again were sixteen. Oh dear!

People say that time flies when you're having fun.

The 1st party started at 15:30, the 2nd the party and,
before I realized, the 3rd party ended at the break of dawn.
I had to get on board a flight at afternoon, we broke up
making a promise that we would meet again.
Indeed, I had drunk enough to feel I had enough.
Taking this opportunity, I decided that I would never drink
again, having drunk every single day for many many years.

Firstly, I think that college students must not drink at all,
as well as smoke.

The next eleven days, I had a terribly bad headache all
day long.It continued for three days.
I heard it may be the onset of withdrawal symptoms of
alcoholism.
So that means that I might have been an alcoholic.
Now I've not drunk a drop for 60 days or more.

I've gained more time to study because of having no bad
impact from drinking and it's healthy for my body and
friendly to my wallet.

I've changed my lifestyle from this summer.
That might be good!!