カズオ・イシグロ  『日の名残り』    日本人執事・スティーヴンス

book レビュー
11 /04 2016
この作品がブッカ-賞に選ばれたのは1989年、平成元年。自分の非英語的な名前が注意を惹き一役買ったと本人も言っているようだけど、そもそも日本からの移民カズオ・イシグロはこの作品より前に日本を舞台にした作品を二作発表している。
『国境のない世界:カズオ・イシグロ』平井杏子著によれば、あるインタビューで「相変わらず批評家は、私の表現の中に<日本らしさ>を見つけたがるでしょうが・・」と半ばジョーク混じりに述べていたようだ。また別のインタビューでも、設定を完全にイギリスに置いた『日の名残り』について、「何人かの批評家はわたしのスタイルが非常に日本的だと言っています。そしてこういうことを言う批評家は大抵日本文学をほとんど知らない人たちなのです!」と、辛辣なコメントをしたとあった。他にも≪「イシグロは先のふたつの作品が、日本人という固定観念をもってみられたことから、どうしても逃れたかったのだ」と、ルイスが指摘するように、三作目の『日の名残り』では、日本との文学上の臍帯を断ち切ろうとして、舞台を日本からイギリスに移したのだと考える読者も多いことだろう。と言っている。また更にルイスは、キャロライン・パッツィが著者イシグロと『日の名残り』の作中人物スティーヴンスについて、「英国人よりも、ずっとイギリス人らしい、日本人作家」、「どんな英国人執事よりも、ずっとイギリス人的な執事である、イギリス人執事」と遊び心あふれるネーミングをしたことを援用しつつ、「というわけで、イシグロは大変がっかりするだろうが、ステレオタイプ化を避けようとする彼の試みは、そのまま、さっそくステレオタイプ化されたのだ」≫と語ったと紹介している。
そう言われてしまったら敢えてオブセッションだのステレオタイプだの言われるところにフォーカスするのもナンだけど、でもやっぱりスティーヴンスの日本人的職人気質、あるいはスティーヴンス家(父親も含む)にみる忠義、ダーリントン卿への忠誠って、そもそも今は昔だけど、日本人の奥底にあった特有のSpirt、Soulじゃないの。
カズオ・イシグロが5歳でイギリスに渡ったとしても、そんな魂みたいなものを日本人の親から感じ取った、あるいは自分のルーツを探るうちに触れて、馴染んだとも推測できなくもない。
Steven‘s position=Ishiguro’s position ってあり得るでしょう。
日の名残り

 場所はイギリス。田舎の田園風景が目前に広がり、見渡せばその向こうの活きた街並みには大聖堂や教会の尖塔も見え隠れする。しかし一度だってスティーヴンスは神様に祈りを捧げたりしない。胸に十字をきることもなければ悔い改めることもない。傲慢な人物ではないが、そういうものだろうか。見えてくるのは神にではなく主人に対する忠誠と執事としての品格を保つプライドだけであり、日常何処にも宗教色を感じさせない無宗教で職人気質のこてこての日本人。
 スティーヴンスがダーリントン卿の下、勤めてきたダーリントン・ホールがアメリカ人の新しい所有者であるファラディ氏の手に渡る時、求められたにもかかわらず職に留まったのはスティーヴンスと他もう一人だけで、最初のところから義理人情に篤いスティーヴンスが見えてくる。以前は28人でやっていたホールを4人で切り回すことになった時、「従来のやり方を急に変えてしまうことにはためらいをおぼえます。しかし、一部にみられるような、伝統にしがみつくやり方にも反対です。」と曰くが、それはけして革新的な言葉でも前向きな気持ちなどでもなく、ただ盲従してしまう自分を納得させる言い訳のようなセリフに過ぎない。現状や義理人情に囚われて身動きしない日本人によく見られる様式。
そして、如何にホールを上手くやりくりするかを考える中に浮かんだ苦肉の策は、すでに年老いて力なくしぼんだスティーヴンスに、かって共に一体感を持ってダーリントン・ホールを切盛りしたミス・ケントンと会う勇気と口実を与えた逃げ口上。彼女に会いに行く道さながら、過ぎた己の誉れ高い執事人生を回想して、最後には自分が如何に厳しい試練に耐え「地位にふさわしい品格」を保ちつづけたことが虚無であり、また別な人生があったことを知りながら冒険せず流された人生であった事に気づき嗚咽する物語。
 スティーヴンスの父親も執事であり、彼のことをスティーヴンスは敬い「自らの地位にふさわしい品格」を備えていることを自他に認めさせるエピソードをいくつかあげている。その中に息子であるスティーヴンスの兄の戦死が父親にとって大きな打撃であった事、しかもそれが全く人間的にもくだらなく無責任な指揮官による悪名高い作戦での犬死であることが明らかで、そのことに計り知れない怒りを感じていたことが書かれている。そしてある時、スティーヴンス・シニアが執事として仕えるシルバース氏のパーティーに最大級の憎しみを抱いている当の指揮官が招かれ父親が直接給仕することになるという出来事。父親は憎しみの真情を隠し、まるまる4日間、平身、与えられた己の使命に従属し高い評価を得るほどの仕事をし、稀にない高額のチップを払わしめるがそんなものは受け取らない心意気。全額を慈善事業に寄付してもらうよう計う。自らが仕える主人のために、与えられた使命のために私情は一切排除する。忠義、忠誠心。
またスティーヴンス自身も父親の臨終の際、ホールで行われていた会議の重要性から執事としての使命を優先し臨終に立ち会わないことも止む無し、と受け止め任務を遂行したことを辛かったが正しく当たり前のことと回想している。
これは二人の我が子が国のために戦死して、なお自らも尽くした後、亡き主、明治天皇の後を追い殉死をとげた日本人、乃木大将とオーバーラップする。
金子清桂氏は『カズオ・イシグロ『日の名残り』における記憶について』の論文中、渡英後のイシグロが日本映画を見たり、幼い時期に日本を離れていながら心の中に「日本」を思い描き続けてきたということからも、イギリス以外のルーツがイシグロの中に存在していることが想像できるだろう。と述べている。1980年の映画『二百三高地』をイシグロが見て少なからず影響を受けたり自分の奥底にあるものを意識したとも考えられる。
ダーリントン卿が大衆に正しい人として評価され亡くなったのであれば、おそらくスティーヴンスも後を追うだろう。しかし、そうではなく悪評を残すこととなったダーリントン卿を追うことはできなかった。そうは言っても判断のすべてをダーリントン卿に委ねていた執事スティーヴンスは主人の死を境に、生きながらにしてすでに死んだのかも知れない。スティーヴンスはもう自分の感情を押しつぶさなければならない必要はなく、「自らの地位にふさわしい品格」を意識し保つ必要もなくなったのではないか。イギリスにおいて執事という仕事が姿を消しつつあるように、時の流れとともに価値観や人や景色が変貌するなかで。







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『村上さんのところ』 村上春樹

book レビュー
08 /03 2015
今年の梅雨は蒸し暑くもなく例年より過ごしやすかったので、今夏は大した暑さには
ならないかと思っていたけど、いざ8月に入って本番になると、やはり侮れませんなぁ。

スポーツイベントの最中でも熱中症で運ばれる人がいるんですから、あえて運動なんか
しない方がいいかなと思う。苦しい中にこそ成長とか進歩とかがあると分かっていても、
それもまた紙一重だよね。

前回の長編『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が出版された時にタイミング
悪く売り切れの書店ばかりで、購入するのに手間取ったトラウマから5月頃にきたお知ら
せメールで事前予約をしておいた本が発売されて先日届いていた。

村上さん

期間限定で読者との交流(質問、相談)サイト『村上さんのところ』を立ち上げ、それに
寄せられた37,465通のメールを読破し回答した3,716通の内、厳選された473通を
編集した本である。

1億600万を超すプレビューであったそうだ。筆者も『ノルウェーの森』に出会い、遡って
『風の歌を聴け』から翻訳本も含めほとんど読んでいる”村上主義者”であるのだが、その
サイトの存在は知らなかった。今年の1月15日~5月13日までだったらしい。
しかし今日まで限定版がFacebookで公開されている。

公開されていた時期は確かに立て込んでいがノートを見ると『カラマーゾフの兄弟』を
読みながら並行して佐藤優やら夏目漱石やら伊集院静やらなんやらかんやらを読んで
いたようだ。

まえがきに依れば全てのメールを読んで、その中から3,716通のメールに返答する
作業。それってどうですか?普通、やらないというか出来ないような事をやっちゃうのも、
それは訓練や努力の為すところと言うより、やはり才能の為せる業なのだろうか。

湧き溢れる情熱、思い、思考、それとも宿る身体の中に留まっていることができない言葉、
物語の言霊なのだろうか。








芥川賞受賞作 『火花』 

book レビュー
07 /31 2015
昨日はブログアップをしようとPCを開いたがWi-Fiの調子が余りにも悪く、
めげるほどの遅さで、とうとう諦めて投げ出してしまった。
どうやら今日は普段のスピードに戻っているようだ。

結局、昨日は『かもめのジョナサン完成版』と一緒に借りた『一生お金に困らない
生き方』も読み終え図書館に返却、”さて”ということで先日、ソニーのReader 
Store で手に入れた電子図書券でダウンロードした『火花』を読むことにした。

火花

3月11日に文芸春秋から単行本(1,296円)で発売され、お笑いタレントが
書いたということでも当初から話題を集めていた。

6月11日に電子版が発売され7月16日に芥川賞を受賞してスパーク。
文芸春秋が昨日25万部の増刷を決めたので累計発行部数は169万部となる。

これで芥川賞受賞作中『限りなく透明に近いブルー』の131万部を超え39年
ぶりに記録を塗り替え歴代一位となった。

筆者は当の作者の風貌こそは知っているが、その芸風とかキャラクターとか
お笑いタレントとしてどの程度のものなのかとかは全く知らない。

本作品は流石に受賞作であるだけに、才能を感じさせる優れた作品である。

若者がなんの確証も無く、どこまで続くともわからない暗いトンネルの中を明るい
出口を求めてひた歩く、ほろ苦い青春物語である。胸が張り裂けそうな刹那さを
読者自身にも感じさせるであろう情景が巧みに描写されている。

初めてトライしたスマートフォンでの小説は画面をタップすればページがカウント
されているので中盤、後半と読んでいる位置を認識できるのだが、やはり厚みで
自然に認識できるリアルのほうが結末を予想する楽しみがなお増すように思えた。

太宰治や芥川龍之介の影響を受けているであろう作者が『火花』をどの様な結末
を迎えさせたのか興味深く読み進め、一気読みした作品でした。

『続・火花』を楽しみに待ちたいと思いました。



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TOEIC対策本?

book レビュー
07 /28 2015
以前のPostで紹介した“TEX加藤先生の本”と言うのは『TOEICテストPart5 
できる人、できない人の頭の中』と言うタイトルの何と言えばいいのか訳のわから
ないジャンルの本なのである。
(株)アルクの『ENGLISH JOURNAL』のなかのクイズやらコラムやらミニ模試
やらの書き下ろし版らしいです。

500点

構成は全然面白くないオヤジギャグの導入からPart5の問題が提示されます。

そこでそれに取組む、これまた笑えないイケナイ奥様とイケテル奥様の思考回路が
解説されているわけでです。イケナイ奥様は500点、イケテル奥様は900点と
いう設定になっています。

正直、口惜しいくらい非常に面白い。イケナイ奥様とかイケテル奥様とかの演出は
つまらない。笑いたくない。
しかし、面白いくらい筆者とイケナイ奥様の思考回路が双子の兄弟みたいで口惜しい。
ことごとく。

二度読み返したので同じ問題は正解できるようになったと思う。進歩はあったと思う。

また次回以降、問題を紹介していきます。












『かもめのジョナサン』完成版

book レビュー
07 /27 2015
1970年にアメリカで出版された当初はヒッピーの間で回し読みされていた本でした。
が徐々に広がり、1972年6月以降に大ブレイクした作品。ロングセラーとなりアメリカで
1,500万部、世界で4,000万部のベストセラーになった本である。

かもめのジョナサン

タイトルを知らない人はいないでしょう。英語タイトルは『Jonathan Livingston Seagull
-a story』「かもめのジョナサン・リヴィングストンのお話し」です。
日本では1974年に五木寛之先生訳で出版されました。

2012年に作者が飛行機事故を起こし、九死に一生を得、その後2014年2月に未発表
だった第4部を含めた「完全版」を発表。日本でも同年7月に『かもめのジョナサン完成版』
として出版された。
今日も書店の店頭で平積みされていて単行本1,404円、文庫で637円で、未だに
読まれています。
私は買うまではと思い1ケ月位前に図書館に予約したのが昨日、取り置きの連絡が
あり借りてきました。

『しんがり』を読み終え『火花』のe-book版を読もうと思ったところでしたが、次の予約も
あるようで先に読みました。1時間半位で読み終える量と内容ですので借りて読んで
正解。しかし、奥の深い内容(=意味深)であると感じました。そりゃ4,000万部の
ベストセラーですからね。私には理解できませんが。。

宗教的というか、確信犯的というか、カルト的と受け取れるようなストーリーと言い回し
になっていて、日本がそうである様に、というか遡ってアメリカがそうなって日本にも
その風潮がかぁー的な想いにさせられました。

その世の中とか、国民性とか、価値観、心持ち、向上心、将来の希望に対する思い、
そう言った心の流動を示唆しています。

混沌とした中から秀でた誰かが突出し、伝説を作り、それに倣って我も我もと群がった
が果てしない努力に疲れ無気力が円満していた。完成版のPart4.において、そんな
中から、また可能性を見いだす明るい光が出現したというストーリーになっている。

1974年、日本語訳が出版された当時は田中内閣終焉の時期ではあるが、日本は
バブルに向かってイケイケでひた走っていた時代で、そんなに黄昏てはいなかった
であろう。

立ち読みでもいいのかなぁ。



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Marcle Seagull

I'm Marcle. I challenge various things without a break. These are reports of the daily life including study, business and hobby.
In April, 2016. Entering a university I'm a sophomore now.

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